アメリカにおける中小企業のテクノロジー投資状況
日本の中小企業は世界に比べてテクノロジーの導入が遅れていると言われています。とはいえ、実際に日本に住んでいる多くの方の周りには日本人しかいないわけですし、世界がどうなっているとか言われても、実感が湧くものではありません。どれくらい遅れているのか想像しろと言われても難しいのは当然のことだと思います。今回、そんな方に向けて、どうにかその想像を少しでも手助けできるような記事を書けないかと思い、この記事を書かせてもらいました。データについては、日本の統計データを調べても仕方ないと思い、ITの最先端企業が集う本場、アメリカのデータを見つけてきました。きっとアメリカの会社ならすでにバンバン最先端技術を取り入れているのだろうと妄想を膨らませながら、思いつく限りの英単語でググって探し出した次第です。今回、引用するデータは、CompTIA(コンプティア)と呼ばれる1982年に設立されたIT関連の協会が2018年11月に調査した統計データです。CompTIAは様々な業界から協賛を受けており、ITの実施試験数はMicrosoftに次いで世界2位となっている権威のある協会です。認定資格試験も主催しており、日本で言うとIPA(情報処理推進機構)みたいな存在でしょうか。以下に引用元のリンクがあるので、興味のある方は覗いてみてください。筆者は英語のエキスパートではないので、より正確な情報を知りたい場合は原文を読むのが一番だと思います。このページではこのサイトのテーマであるRPAや自動化のことは一旦置いておいて、アメリカの中小企業のテクノロジー投資の現状を紐解いていきましょう。
(なお、このページでの中小企業の定義には従業員が1~500名の会社と個人事業主が含まれます。これに該当するアメリカの企業数は600万社で、個人事業主の数は2400万人となります。ちなみに日本の総企業数は個人事業主含めて約370万社なので、桁違いに数が多いですね。今回の調査では該当企業のうち650社にオンラインアンケートを行っています。)
→元となったサイトを見る1. ビジネスの目的を達成するのに一番大事な要素は?
今回、アンケートに回答した企業のうちの64%がビジネスの目的を達成する上で、テクノロジーが一番重要な要素と回答しています。そして3割の企業がテクノロジーを2番目に大事な要素と答えています。また中小企業より大きな中堅企業は73%がテクノロジーをもっとも重要な戦略的ツールと答えました。20人未満の小さな企業でも56%がテクノロジーを一番大事な要素と回答しています。日本で同じ質問をした場合はどういった回答が返ってくるのでしょうか。「商品・サービスの差別化」とか「ブランド」とかの経営的な戦略が一番になるでしょうか。それとも、「挑戦できる環境」とか「失敗を許す雰囲気」とかのちょっと抽象的な要素が上位になるのでしょうか。どちらにせよ、アメリカはシンプルにテクノロジーこそが一番大事と考えている企業が多いのがすごく伝わってきますね。
しかし、そんなアメリカ企業も簡単にテクノロジーを導入できているわけではないようです。大企業に比べて資金が少なく、ITスキルを十分に持ったスタッフも少ない中小企業がデジタル化していくのはとても難しく、2016年の前回調査では23%の中小企業が戦略的にテクノロジーを導入できていると答えていたのに対し、2018年にはその割合が18%にまで下がっています。また、テクノロジーへの習熟や管理度合いに関しても若干割合が低下しています。これは中小企業がテクノロジーを軽視しているという訳ではなく、それ以上のスピードでテクノロジーが進歩しているからです。
2. 現在のIT予算をどう思っているか
次に、自社のIT予算についてどう思っているのかについて紹介します。この際、回答者には働いている業界は成長しているのか、テクノロジー投資のための資金源はどうするのか、IT運用をすることはどれほど大事かなどを考慮をした上で回答してもらっています。この結果、回答者のうち4割が現在の投資金額があまりに低いと答えました。また、その傾向はITスタッフより、非ITスタッフの中でよりITへの予算配分が少ないと言う傾向が見受けられました。これに対して調査では明確な理由はでていませんでしたが、ITスタッフはITの購入に対する責任があるので慎重になりやすいのに対し、非ITスタッフは自分の業務の中でITの恩恵を受ける機会が少ないのではと推測していました。
出典:CompTIA「TECH BUYING TRENDS AMONG SMALL & MEDIUM-SIZE BUSINESSES」
3. どんなテクノロジーにどれくらいお金を使っているのか
さて、多くの方が気になっているのがこちらではないでしょうか。「IT投資、IT投資」って言うけど、じゃあ、実際には何に使っているの?と疑問に思う方が多いと思います。このセクションではアメリカの企業がどんなことにどれくらい資金を振り分けているのか見ていきましょう。
まず、回答者の36%が直近の2年間はパソコンやケータイなどのハードウェア、セキュリティソフトやストレージなどのデバイスに集中していると回答しています。「あ、こっちなんだ」っていう感じですね。従業員100人未満の企業の多くは、こういったITインフラへの投資を増やしていると答えており、IT投資に占めるインフラ投資の割合を現在の31%から42%まで増やしていく予定と答えています。多くの中小企業にとっては、最新のハードウェア機器は欲しいものリストの最上位に位置しているみたいですね。
次に、回答者のうちの31%が、みなさんが想像するようなアプリケーションやソフトウェアへ投資すると回答しています。法律事務所の請求書アプリ、医療機関の電子カルテソフトウェアなど業界特有のソフトウェアに投資しています。
そして、残りの回答者のうちの30%が上述のITインフラ、ソフトウェア両方に投資すると答えています。
次に、アメリカの中小企業が年間、どれくらいの資金をIT投資に振り分けているのかを見ていきましょう。
中小企業の年間使うIT投資額は10,000ドルから49,000ドルの間くらいがボリュームゾーンとなっています。そして、企業の売上に対するIT投資額の割合は平均7%となっています。5億円の売上のある企業だと3,500万円をIT投資に年間振り分けていることになります。アメリカの中小企業の年間IT投資額のボリュームゾーンが10,000ドルから49,000ドルと考えると、案外、アメリカの企業も日本と同じように売上1億円未満の小規模企業が多いのかもしれませんね。具体的にその投資額を何に振り分けているかについては下図の通りで、1位はユーザー経験の向上、2位が労働生産性の向上となっています。
出典:CompTIA「TECH BUYING TRENDS AMONG SMALL & MEDIUM-SIZE BUSINESSES」
4. どこから購入しているのか
次にIT機器やサービスをどこから購入しているのかについて見ていきましょう。
アメリカの中小企業にとってこの購入先は主に4つあります。ベンダーや製造会社からの直接購入、オンライン上で購入、地元の小売業者から購入、再販業者やサービスプロバイダーなどからの購入の4つです。一番多いのはベンダーや製造会社からの直接購入になります。これには、ベンダー自身のWebサイトやマーケットプレイスから直接注文したり、オンラインのソフトウェアをプロビジョニングすること(クラウドサービスなどで必要な時に必要なリソースを振り分けられるように準備すること)も含みます。そして、多くの中小企業は実際に購入する前にYelp(アメリカの口コミサイト)を見て、製品やサービスの提供方法、価格、評判などを確認しています。これが日本との違いのような気がしますが、アメリカではひとつの取引先に購入を集中することは少なく、多くの企業が様々なチャネルで分散しながら購入をしているそうです。日本でもコモディティなどはそういった傾向が強いですが、専門性の高いIT製品やサービスは一部の有名なサービスや、伝手などがより重視される傾向があるように思います。
出典:CompTIA「TECH BUYING TRENDS AMONG SMALL & MEDIUM-SIZE BUSINESSES」
また、中小企業のおよそ半数が過去1年で頻繁に、あるいは定期的に再販業者やサービスプロバイダーなどと取引をしたと回答し、31%がたまに取引すると答えています。ほとんどそういったサービスプロバイダーと取引をしないという割合は16%しかいませんでした。利用方法としては、ある特定のサービスだけを受ける場合もありますが、テクノロジー関連の業務全てを委託したり、一部のハードウェアやソフトウェアに関してはプロバイダーとの取引を実行するのみにするといったものまでさまざまなサービスを受けています。そういった業者が技術支出に占める割合は高くないかもしれませんが、一定のシェアを確保しています。
5. AIなどの最先端技術をどう思っているか
AIやドローン、IoTなどの最先端技術は日本と同様、アメリカの中小企業も避けて通れるトピックではありません。回答者のうち23%はこの最先端技術がビジネスにどんな影響を与えるか判断するのは早すぎると回答しています。
一方、残りの回答者はこの新しい最先端技術に対して警戒と不安を抱いていると答えています。特に最先端技術への参入コストの高さと自動化に伴う雇用への不安を挙げています。参入コストというのは単に導入にお金がかかるといった話だけでなく、最先端技術を活用するために新しい専門スタッフを採用したり、既存の社員を教育したりする費用も含まれています。
とはいえ、どんな業界であれ、競争に勝ち抜かなくてはならないので、3割の企業が最先端技術を積極的に活用し、顧客へのソリューションに利用しています。44%が対社内と対顧客の両方でパイロットプロジェクトなども含めて慎重に導入を進める方向に動いています。ここが一番大きな割合を占めています。2割が今はまだ動いていませんが、検討していると答えています。導入予定がないと答えたのはたったの6%しかいません。
最先端技術を導入する一番の理由は生産性の向上です。およそ3分の2の企業がそう答えています。最先端技術を導入することで、生産性を高め、売上を増やして支出を減らすことで、ビジネスの目的を達成しようとしています。
出典:CompTIA「TECH BUYING TRENDS AMONG SMALL & MEDIUM-SIZE BUSINESSES」
以上、アメリカのIT投資の現状でした。記事を書いてみての個人的な感想ですが、アメリカ企業も日本企業もAIなどの最先端技術に対して不安や恐れを感じているのは同じなのかなと思います。ただ、アメリカの企業はそれを飲み込み、良い所を取り入れようとよりテクノロジーを重視する傾向があるように感じました。そして、それには「ノウハウがないから」とか「本業が忙しいから」とか「ITに詳しい人材がいないから」とかそんな理由でためらっているようには感じません。日本には昔から「臭いものにはふたをする」という言葉があり、現状でうまく回っているのだから、それをあえて壊すリスクを冒す必要はないという考えもあるのかもしれません。とはいえ、世界は前進していますし、成長を続けています。リスクを取らなければ成長はありません。それをひたすらに見て見ぬふりをしてきた結果が、30年前に世界1位に輝いたこともある日本の所得が、今や22位(2021年結果。世界の先進国の数を考えたらかなり低い数字です。)にまで下がってしまった原因かもしれませんし、「失われた〇〇年」と言われる10年単位で数字が更新される言葉の元凶かもしれませんね。
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伊藤 丈裕
(株)サムテックのシステムエンジニア。応用情報技術者資格保有。
27歳の時、営業から完全未経験で転職。開発とWebマーケティングを担当。得意言語はJavaとJavaScript。